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AL1000用京ぽん改変コピペ のバックアップ差分(No.3)


僕の机の引出しには、ずっと大切にしまってあるシールがある
 いつか出せる日がくるまで誰にも見せない
 それは僕の弟が作ったAAのシール
 
 病院で携帯電話の使えない弟は、ipodで音楽を聞くのが唯一の楽しみ
 ある日、僕はHP-AL300を知った
 病院内での、ささやかな誕生日
 弟は銀色のハウジングを弄くりながら満面の笑顔を浮かべていた
 
 「兄ちゃん、これスゴイねん!引っ張るとコードが延びるし、プラグを差し込むとシュルシュルって巻き取れるねん」
 
 弟は、いつか退院したら電車の中で聞くんだ
 そして学校に着いたら先生に見られない内に隠すんだと言っていた
 しかし、僕は知っていた
 弟は、もう誰にも怒られる心配は無いと
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 「ねえ兄ちゃん、AL300低音でぇへん」
 午後の病室。元気のない弟と低音が出なくなったHP-AL300
 僕は、エージングの意味を教えた
 最初の内は具合が悪くても、じっと我慢すればいつか良くなると
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 「兄ちゃん…コードが…コードが…」
 たまに僕がグランディスクに繋いでいたのが災いしたのだろうか
 伸びきったコードが戻らずに弟を悲しませた
 「AL300も病院に入れなあかんな」
 慰めようとすると、弟は言った
 「病人が使こうてるから、AL300も体悪ぅなるんかな?」
 
 残念ながら代替機は貸してくれなかったので
 病院に許可をとって、僕は弟にHP-X122を貸した
 しかしオーバーヘッドは上体を起こさなければ聞き辛い
 それに側圧の関係でどうやら頭が痛いようだ
 「AL300早よぅ治るといいねぇ」
 辛そうにハウジングを弄りながら弟が言った 
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 修理の終わったHP-AL300を持って駆け込んだ病室
 弟は僕を笑顔で迎えた
 「兄ちゃん!これ見てみぃ」
 小さな京ぽんの液晶画面に映っているのは見知らぬ耳掛けヘッドホン
 「新しいBe!の高級機出るんやて」
 どこかのニュースサイトに大きく載っている
 それはビクターの試作機のハイエンドモデルだった
 
 「良かったなぁ、出たらこれ買うてやるで」
 「ええよ、AL300があるもん」
 修理の終わったHP-AL300を受け取り弟は言った
 「それに…兄ちゃん。もう無理するなて」
 弟は小さな体で病気と闘いながら
 それでも僕や周りに気をつかっていた、必死になって
 「カッコええやんか、それに音も良いだろうし。これ買うたるで」
 液晶画面を見るフリをして僕は涙を隠した 
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 修理の終わったHP-AL300をなにやら弄くってた弟
 よく見るとハウジングの表面に可愛らしいAAのシールが貼ってあった
 モナーがヘッドホンをして、はしゃいでいるAA
 「わーいAL1000だー!」
 弟の代わりにモナーがぴょんぴょん跳ねている
 
 買うたるからな!絶対買うたるからな
 だから、それまでは…
 
 『今まで凄いくらい匂っていたキンモクセイが
               今日、ぜんぶ散ったみたいだ』
 
 いつもの様に、日常の風景をメールで弟に送った土曜日
 授業が終わっても返信はなかった
 「おかん、どうしたんや?」
 もうすぐ駅に着くという頃、焦った声で母が電話をかけてきた
 
 弟の容態が急変した 
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 ガラス張りの治療室
 弟の口に透明のマスクがされていた
 口が何かを呟いている
 「お兄さんですか?」
 ナースの問いかけにうなずくと、彼女は弟の手を見た
 「ヘッドホン、放さなくて。それで『AL1000』って何ですか?」
 弟の手にはipodとHPーAL300が握られていた
 ipodはもう既にバッテリーが切れている
 「弟が?」
 「ええ『兄ちゃん、AL1000…AL1000』って。何の事です」
 
 病院を飛び出した
 あてもなく…ではない
 日本橋へ向かった。電器街なら、電器街なら…
 
 「んなもんないなぁ。正式に売る言うてないんやろ?」
 「会社が知らん言うもん、こっちが知るかいなぁ」
 「いつ発売?知らんわ。今欲しいんやろ、HP-AL301かHP-AL201じゃアカンのかい」
 「わがまま言われても困るわぁ、あるモンしか売れへんし」
 
 どこの店でも同じだった
 冷静に見れば、単に気の違ったAVオタクにしか見えなかっただろう
 何とでも思え
 何とでも言え! 
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 「なに言うてんの?うちは松下さんとこの直営や。モックもあらへんがな」
 
 小きな電器屋で、そう言われた
 「モック…モックか!」
 ジャンク屋に走った。少しでも似ているモックを探すんだ
 道路脇に置かれた段ボールの中をあさった
 ガラガラと安っぽいプラスチックの音が響く
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 弟の病室
 夕方に治療室から移されていたらしい
 「大丈夫なの?」
 母に聞くと、泣き声を押し殺しながら首を振った
 静かな部屋に、弟の心拍を伝える機械音だけが流れる
 「兄ちゃん?」
 僕の声を聞いて、弟が意識を取り戻した
 「AL1000、発売日やったで。1番で買うたで」
 日本橋で見つけたモックを、そっと握らせた
 「ホンマや、高そうやなぁ…あ、巻き取りも付いてる」
 手探りでモックを触る弟の手からは、もう血の気が失せていた
 「目、見えへんの?」
 弟の様子が少しおかしかった
 「薬で朦朧としているみたいなんや」
 母の、こんな悲しそうな声を初めて聞いた
 「ホラ、こんなに良い音聞こえるんやで。トリプルリブ構造ての載せてるから
  クリアな音が出るんや
  なあ、ほら
  見てみ、それに、こっちのボタンを押すとプラグコードも巻き取れるさかい
  友達にも掲示板にも、ぎょうさん自慢できるさかい…」 
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 僕の握らせたモックは似ても似つかないものだった
 もう弟の目は僕も、病室の天井も、暗い窓も見ていない様だった
 それでも小さい唇には、うっすらと微笑みが浮かんでいる
 
 モックを握る弟の手、その力が急に緩んだ
 「兄ちゃん…ありがとな  …ほんまに」
 
 機械の警報音は母の泣き声で消されていた
 僕は、僕は…
 
 なぁ
 僕はこれから誰にCDをエンコードすればいいんだ?
 お前が楽しみに待っていたiTMSだってもうすぐ始まるかもしれないんだぞ?
 なぁ
 黙ってないで答えろよ
 なぁ
 言いたいことがあるんだよ
 ごめんな。ごめんな。
 「兄ちゃん…嘘つきだ」 
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 注) この文章は、[[AL1000]]販売前の2005年1月に投下された物で、
 ツッコミ所は沢山ありますが、最たるのはAL1000が巻き取り式では無い事です。
 また再掲にあたり、ATH-A900とされていたのをHP-X122に変えてあります。
 元ネタも存在します。
 http://www.airh.info/myaa.html

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